好奇心を原動力とする研究

ワイツマン研究所・所長・Daniel Zajfman博士によるキーノート講演
2018年9月11日、ヘルムホルツ協会・年会にて
翻訳:宮川剛, 内村直之(Supported by DeepL)

翻訳者まえがき

ワイツマン研究所・所長・Daniel Zajfman博士によるご講演の日本語への翻訳をさせていただいた日本版AAAS設立委員会・研究環境改善ワーキンググループ・委員の宮川です。私は心理学、脳科学を専門としておりますが、ここしばらく、「好奇心」や「探索」に興味を持っておりまして、先日、「好奇心」というキーワードでいろいろとGoogle検索を行っていました。そうしたところ、ワイツマン研究所のDaniel Zajfman所長の”Curiosity-driven research”(好奇心を原動力とする研究)と題されたドイツのヘルムホルツ協会での基調講演を文字起こししたファイルに出会うことができました。

このご講演の中でZajfman先生は、科学に資金をどのように投資すればよいのか、についての戦略を、世界トップレベルの研究所を運営する所長の視点から、平易な言葉でわかりやすく説明されています。たいへん面白い内容で、読み始めるととまらず一気に読んでしまいました。感銘を受け、また共感しましたので、Zajfman先生に、日本版AAAS設立準備委員会の趣旨の説明と、日本語訳を日本版AAAS設立準備委員会のウェブサイトに掲載するご承諾の可否を問い合わせる旨を記したメールをお送りしました。駐日イスラエル大使館のサポートもいただきつつ、Zajfman先生より日本語訳のウェブサイトへの掲載についてご快諾いただくことができ、こちらに掲載する運びとなりました。

内容についてですが、本文をご覧いただいたほうが早いはずですので、要約による紹介文は省略させていただきます。少し長くはありますが、たいへんわかりやすく、興味を引くような構成になっていますので、皆さまも一気に読むことができるはずです。

このお話は、日本の科学研究に投資をする立場にある方々(行政に関わる方々や産業界の方々)、日本の科学を牽引されている指導的立場の研究者の方々、一般の市民の方々などにご覧いただきたいと翻訳者としては希望しています。もちろん、科学に関連した仕事をされている方々、これから科学関連の仕事につきたいという若い方々にもおすすめです。できるだけ多くの皆さんにご覧いただき、日本の科学のあり方についての議論をこれから行っていく上で、素材の一つにしていただけますと幸いです。

なお、以下の文章の中の小見出しと、太文字は、翻訳者がつけたものになります。


好奇心を原動力とする研究

ザイフマン先生の挨拶

親切なお言葉、ありがとうございました。そして、この印象的な会議に、そして印象的なヘルムホルツ協会にお招きいただき、本当にありがとうございます。ワイツマン研究所はヘルムホルツ協会と多くのつながりを持っています。両者の相対的な規模を考えると、皆さんもご存知のように、ワイツマン研究所は非常に小さな研究所です。まだ貴協会が新規にメンバーを募集しているという事実を考えますと、私達の研究所を加えていただくとよろしいのではないでしょうか?そうすれば貴協会にきっと「何か」が加わることになるでしょう。ヘルムホルツ協会の価値と質を考えますと、その案について私は反対しません。

何を科学研究の選択肢とする?

今回お話ししたいのは、科学研究の戦略についてです。研究機関と科学者たちの活動を運営するとき、私たちは常に 「どこに重点を置くべきか?」と自問しなければいけません。お金を持っている方々であれば、「どこにお金を投資すれば良いのか?」という自問になるでしょう。私たちのすべてが欲しい何か、究極的には人類の利益のためになる何かを得るために、科学研究が何らかの形で前進していくためには、どのように投資をすればよいのでしょうか?

なぜそのように自問するかといいますと、「人類の利益のため」、これこそがまさに科学研究が目指すものだからです。もちろん、それには多くの戦略がありえます。どのテーマに投資すべきかを決める必要があるとしたら、私たち全員が同意できるような単一のトピックはないと思います。理由を申し上げましょう。科学は、病気、技術、生態系、気候変動など、生活に関わる実にたくさんの種類の問題を扱うことができるのですが、実際に変化をもたらすことができるトピックは非常に多く、どのトピックに投資するかを決めなければならないような場合でも、テーブルについている関係者全員の意見が一致するような一つのトピックがあるとは思えません。それを決めることができるのは、もちろん国や資金提供団体の特権ということになるわけです。

それでも、私がお示したいのは、一つのトピックを選ぶ、という選択肢とは別の選択肢が常に存在するということです。この選択肢は何百年も前から存在していたのですが、ここ数十年ほどなぜか脇に追いやられていました。それは、「好奇心を原動力とする研究」という選択肢です。単一のトピックを選ぶのではなく、一つの科学の領域を選ぶのでもなく、むしろ、科学者を選ぶ、という選択肢なのです。皆さんに思い出してほしいのは、科学的な発見は研究室で行われるものではなく、究極的には、科学者の脳の中で生じるということです。科学の物事が起こるのはそこなのです。

未来の予測は難しい……

だから、私の講演のタイトルは「好奇心を原動力とする研究」なのです。それは本当に面白い戦略なのか、という疑問をもちろん皆さんはお持ちになるでしょう。私たちが技術の未来を予測する能力をどれくらい持っているのかについて思い出していただくために、例を皆さんにお示ししましょう。

1895年に著名な物理学者が「空気より重い空飛ぶ機械は不可能だ」と強弁しました。それはもちろん、飛行機という発明が世に出る数年前のことでした。同じことがまた最近も起こりました。今から少し前のこと、現代の技術の話として、当時IBMと競合していた非常に有名なコンピュータ企業であるデジタル・イクイップメント・コーポレーション(DEC)のCEO兼会長であったケン・オルソンが、「将来、誰もが自宅にコンピュータを置きたいと思うようになる、と考える根拠は存在しない」と言い切りました。1977年のことですが、私がオフィスにパソコンを置いたのは6年後の1983年でした! この事実こそが、その会社が消えた理由なのです。

こういった例をもっと出してもいいのですが、ここで言いたいことはこうです。「予測をするのが難しいのは長期的な未来だけでなくて、見ての通り、短期的な未来の予測すら難しい」。インターネットについて1990年にどうだったか考えてみてください。インターネットの市場が今日、数兆ドルではないにしても数十億ドルの価値となることを、誰かがその頃、本当に予測していたでしょうか?予測した人は誰一人いませんでした。予測を立てるということは非常に難しいことなのです。問題は、もし予測をするのが本当に難しいのであれば、どのように私たちは未来に対する投資を行えばよいのでしょうか、ということになります。

科学者の原動力はなんだろう?

「科学研究」が基本的にどのように機能しているのか、みなさんに少し思い出してもらいましょう。単純化しすぎというほど、非常に単純な方法ですが、これは明確にしておきましょうね。

科学の特定のテーマについて情熱を持って研究している科学者たちからアイデアが生まれるのが通常です。彼らの目的は、「知識の容器」と呼ばれるバケツを満たすことです。これは、すべての科学者がやっていることです。科学者たちは論文を発表します。誰もがどの論文でも読むことができますので、一般的にいえば、論文の発表は世の中の知識を増やすことになります。アイデアによって知識のバケツが満たされつつあるとき、―そのバケツは一人の科学者のものではなく、多くの科学者たちのバケツのどれにも同じ知識が入りますね− そのアイデアは経済の市場にも出てきて、科学者ではない誰か他の人もそのアイデアが非常に良い、と気がつくことになります。実は、それに価格をつける特別の市場さえあるのです。

これらの科学のアイデアを変貌させ、また利用して、先程申しましたように、人類のために何か役立つものにして、市場を創造したり、その市場に何か問題の解決策を提供したりしない手はありません。そのような営みが、もちろん今日私たちが知っている多くの製品につながっているわけです。

人類の歴史を作ってきた好奇心

過去数百年、あるいは数千年の人類の歴史を考えてみますと、人類が行ってきたことはそれほど多くないのに、その中で科学の研究は私たちの生活様式を本当に大きく変えました。何千年か前に私たちがどのように生きていたか、今日の私たちがどのように生きているかを比べて考えてみてください。

私たち人間が、この世界が何からできているのかを理解し、私たちに役立つような具合にその何かを作り変えることができるくらいに、私たちは十分に賢かった、それは十分に好奇心を持っていたからだと気づくでしょう。これこそが科学研究のすべてなのです。

大事な問題は、マーケットを創造できるようになるために、最も初期の段階で、何が科学研究の原動力になるのか、ということでした。そこで、皆さんにお示ししたいのは、私たちが持っているものの中で最も重要なツールは好奇心だということです。なぜなら、先程も申しましたように、「予測を立てるということは極めて難しい」からです。

知らないことを見つけるには……

いくつかの例を紹介することから始めましょう。繰り返しになりますが、私がここで何をしようとしているのか正確でありたいと思っています。米国の国防長官を勤めた政治家ドナルド・ラムズフェルド、をご存知でしょう。彼は科学者ではありません。彼は科学とは無関係なのですが、非常に有名な発言をしました。「既知であると知られているものがある。我々が知っているということを知っているものがあるのだ。」 これは科学にも当てはまります。 逆に言えば「未知であることが知られているものがある。つまり、私たちが知らないということを知っているものがある。」ということです。たとえば、宇宙の暗黒物質とは何でしょう? わたしたちはそれが存在するということは知っているのですが、それが何なのかは知りません。さらに、未知であることですら未知であるものもあります。私たちが知らないということすら知らないものがあるのです。 私が問題にしたいのはこれです:私たちが知らないということすら知らないことを、私たちはどうやって発見すればよいのか?

レントゲンの発見に開発プログラムなどなかった

さらに例を挙げてみましょう。1895年、今から120年以上前にドイツで発見されたX線です。皆さんはX線が何か知っているでしょう。今、X線はとても便利に使われています。 しかし、X線は、何らかの研究開発プログラムがあったから発見されたというわけではありません。存在することを知らないのに 1895年に、どんな研究開発プログラムを作ることができたというのでしょう? 存在するということさえ夢にも思わないものに対して、どうすればお金を投資する決断をすることができるのでしょう? この発見につながる陰極線研究が始まった19世紀中ごろの時点では、放射線が体を通り抜けて、プラスチック版上に骨の写真が撮れるなんて夢にも思わないでしょう。で、研究開発プログラム?どうやってそんなものに投資するのでしょう。

1895年、ウィルヘルム・レントゲンは当時、とても退屈な実験をしていたのです。今でも誰も投資しないような実験でしょう。 彼はガスの入ったガラス容器の中で、高電圧をかけた2つの電極間に流れる電流を測定し、部外者には非常に退屈なグラフを作成していました。私たちが興味が持てるようなものでは全くありません。ある日、彼は研究室で壁に光があるのを見つけたんです。それはキラキラ光っていました。この種の実験は、その時点ですでに20年以上も前から行われていたものであると指摘しておきましょう。彼がこのような実験を最初に行った人ということではないのです。しかし、彼はそこで起こった現象に好奇心を感じた最初の人だったのです。彼が好奇心を感じたのは、実験の結果そのものではなく、彼の研究室で起こっていたことでした。そして、何が起こっているのかわからないときにすべての男性がすることを彼はしました。彼は妻を呼んできたのです。彼女はそれに手をかざし、それは人類が撮った最初のX線となりました。ここに彼女の結婚指輪が見えますね。ここには研究開発プログラムなどなかった、ということを覚えておいてください。この発見を実現するような研究開発プログラムを設定する方法はなかったのです。運が良かったとあなたはおっしゃるかもしれません。ええっと、運がいいというのは実は才能なのです。誰にでも起こるということはありません。 私が言いたいのは、X線の発見を実現するような科学的戦略とか、科学的な研究開発プログラムなど存在しないということなのです。

GPSの背景にあった原子時計、磁気共鳴、そして相対論

X線の発見より少しやっかいな例ですが、もう一つ紹介しましょう。お近くのベルリンからいらした方でない方、たとえば私のような人は、GPS(グローバル・ポジショニング・システム=全地球測位システム)を使ってここに来たのではないでしょうか。それは、住所を入力すれば、あなたを行き先に導いてくれる、とても簡単に使えるツールです。GPSの技術を理解するためには、GPSが、地球の周りを周回し地球全体をカバーする35個以上の衛星をベースにしていることを知る必要があります。これらの衛星の中には、正確無比の原子時計が組み込まれています。最初の原子時計は1948年ころに米国立標準局で開発されました。そのシステム全体が機能するためには、1938年に物理学者のイシドール・ラビによって発見された磁気共鳴という現象が必要であったことを理解する必要があります。さらに、1905年と1915年に発表されたアルバート・アインシュタインの特殊・一般相対性理論がなければ、GPSはきちんと機能しません。原子時計と相対論を無視すれば、GPSはあなたを間違ったところへ導いてしまうでしょう。

ここまで問題ないですね。振り返って見たときにそういう具合に見えるのです。科学の歴史を振り返ってみると、私たちはみんな頭がいいんです。ここで必要なキーワードは、原子時計、磁気共鳴、相対性理論です。質問させてください。あなたはその過程を予見することができるでしょうか? 相対性理論が発表された1905年の時点で、あなたは、アインシュタインからイシドール・ラビに進み、ラビから原子時計に進み、原子時計からGPS衛星へと進み、GPS衛星があなたのGPS装置に進むということを、推測できたでしょうか?

科学技術の世界では、このような道筋というのはありえないのです。あなたのGPSが機能するために相対性理論を提唱した、というような人は存在しなかったのです。アインシュタインはそのような道筋を進むための車を運転していたわけではもちろんない。そう、このようなことを予測する方法などというのは決して存在しないのです。

美しく、そして、人によっては役立たずとも呼んだ理論 -相対性理論- が実際に数十億ドルの市場になるまでには、100年以上の歳月がかかりました。長い時間がかかるのです。相対性理論がなかったら、GPSは機能しないでしょう。でも、相対性理論は何かの問題の解決策として生まれたものではないことを指摘させてください。それは、時間と空間の性質、そして重力と宇宙に興味を持ち、それがどのようにできていて、どのように機能しているのかを理解しようとした一人の物理学者の好奇心から生まれたものなのです。この好奇心が、今日、私たちを、何気なく使っているものへと導き、生活をより良いものにしてくれているのです。

ロウソクを研究して電気につながるか?

最後の例を挙げて、次に進みます。電気です。もし私たちが200年ほど前にここに集まって座っていたらどういう状況でしょう? もちろん、プロジェクターはなかったでしょう、マイクもなかったでしょう、さらには照明もなかったでしょう。私たちが座ったであろう部屋にあったのは、たくさんのロウソクでしょう。約200年前、実際にはほとんどイギリスで、ドイツでも少しですが、ロウソクの研究開発が行われていました。人々は、より明るく様々な色と様々な香りを持ったより良いロウソクを手に入れるために、多額のお金を投資していました。安いものから高いものまで。多くの研究開発と多くの議論が行われました。その議論について読める資料もあります。より良いロウソクを得るために人はどのように投資すべきであるかについて書いてあるのです。

その後に、マイケル・ファラデーが登場し、電気現象の法則を解明しました。ここで、一つ指摘すれば、「あなたが新しいロウソクを開発するためにどれほど投資しようとも、あなたが電気を得ることは決してない」、ということです。あなたの問題の解決策は、その問題があるのと同じ場所にあるとは限らない。それは別の場所にある、ということもあるのです。科学の歴史をいろいろと詳しく調べてみると、実は、私たちの生活を本当に変えた大発見の大部分は、その問題を解決しようとしている人たちによって成し遂げられたものではない、ということがわかります。これは科学のお話ではありません。科学とは、好奇心とオープンマインドのことです。すべてのことはこのように起こってきたのです。これらのアイデアが市場に出回るまでには本当に何年もかかってきたのです。しかし、これらのアイデアこそが、人類を本当に変えたのです。

新薬の源泉は基礎研究

すべて過去の歴史の話ではないか、と思われたかもしれませんね。では、現代の薬に関する統計を紹介しましょう。今日用いられている重要な薬の背景にある基礎科学について、「サイエンス・トランスレーショナル・メディスン」誌に掲載された論文を紹介します。この論文の著者である科学者たちは、今、最も重要と考えられる薬がどういうアイデアから生まれたか、その源を過去に遡って調べました。市場に出回っている28種類の薬のリストがここにあります。今日、これらの薬は数十億ドルの市場を作っていますが、それよりもっと重要なのは、これらの薬が何百万人もの人々の命を救っているという事実です。これがそのリストです。最初のカラムは薬の名前です。そして、2番目のカラムには28種類の薬がありまして、このカラムは、最終的な発見が基礎研究の発見プログラムの一部であったかどうかを示しています。28種類のうち23種類は、基礎研究の発見の中で見いだされたのでした。その過程では、研究者は病気の仕組みを理解しようとしていたり、研究対象がその病気ですらなかったりしたのです。病気に特化したプログラムであったかどうかをみると、28のプログラムのうち、16のプログラムは病気そのものに焦点を当てていない基礎研究でした。さらに28のうち23種類は創薬プログラムの一部ではなかったのです。

おそらく大きな問題は、基礎的な発見から市場に出るまでの期間が、平均して25年から30年かかることです。これをもっと短くすることはできないのでしょうか? できると信じていますが、どうすればいいのか? 答えは、好奇心を原動力とした研究にもっと投資することです。なぜなら、そういう研究を進めるには長い時間がかかるからです。もちろん、結果が出る臨床試験に投資することも重要ですが、それは科学の応用的な側面で別のビジネスです。

しかし、私はいくらかの変化が必要と考えています。アルツハイマー病の治療薬を見つけようとしている現代の世界で、おそらくその解決策は、アルツハイマー病を対象に研究している人たちの手ではなく、先ほどお話したロウソクと電気の話と同じように、隣人のテーブルの上、どこか他の場所にあるのです。光の下ではなく、おそらく暗闇の中。まだ私たちが知らないということすら知られていないところに。

たったこれだけの科学的戦略

科学的戦略について教えてほしい? 科学者の私にはこれだけは言えます。科学者は、そして政府も同様に、水晶玉を覗き込んで方向性を判断することは、残念ながら非常に苦手です。科学的戦略といえば、そこに何があるかはすでに分かっているのです。それは、真の意味で独創的な解決策を見つけるために好奇心が助けになる、という戦略です。科学的研究で、戦略的な方法があるとすれば、それは方向を示すだけの羅針盤であって、旅をコントロールするようなものではありません。

あなた方が前回のサッカー大会で負けたのは知っています。負けたあなた方に対し、私は戦術を示しているだけです(微笑)。これだけであなた方の目は覚めます。科学もそうですが、サッカーが大好きなドイツの皆さんはおわかりですね。戦略が完璧でも、試合をする適切な選手がいなければ、トーナメントの先まで進むことはできないですよね? 問題はそこです。科学でも同じです。

知識、好奇心、情熱、そして幸運

戦略なしで、どうやって新しい価値のある科学的知識を生み出せるでしょう? そのための戦略は非常にシンプルです。最も重要で第一にあげるべきは、知識があり、好奇心旺盛で、自分のアイデアに情熱を持っている素晴らしい科学者たちを雇うことです。所長のアイデアに賛成というのではなく、自分のアイデアについて情熱を持つ人です。第二は、そういう科学者に最高品質の人的・物理的インフラを提供することです。たとえば、顕微鏡、シーケンサー、加速器なしでは科学は成り立たないのです。第三に、リスクを取る機会を提供することです。これは多くの失敗があり得ることを意味しますが、それでもいい。そして第四には、彼らの「考える自由」を守ることです。これがカギとなり、おそらく最もコストのかかる要因です。

ワイツマン研究所は、過去70年間、このような方法で物事を進めてきました。私たちは基本的に、優れたアイデアを持った優れた人材に投資しています。私たちは純粋に好奇心に駆動されているのです。

4種類の非常に重要な資質を持った科学者が採用されています。

まず、第一に、持つ知識は豊富でなければなりませんが、多すぎてもいけません。知識を多くもっている人は問題を持っていることがあるからです。彼らは何でも知っているような気になってしまうということです。すべてが知られているとすれば、「知られていないことが知られていないもの」というものは存在しませんね? 本当は、全ては知られておらず、「知られていないことが知られていないもの」というものは実際に存在するのです。物理学者として、私は確信しています。「知られていないことが知られていないもの」はまだまだたくさんあります。

その証明はすぐできます。宇宙を100%としましょう。私たち物理学者はそのうちの4%(普通の物質)が何であるかを知っています。96%は暗黒物質と暗黒エネルギーです。4%について私たちが何をしてきたかを考えてみるといろいろなことをやってきました。しかし、残りの96%について私たちに何ができるかを考えてみましょう。こちらは、まださっぱりわかりません。非常に簡単なことです。知識があることは確かに重要ですが、それで完璧ということではないのです。

第二に、彼らはとても強い好奇心を持っていなければなりません。それこそが知識を持ったあなたを、危険でリスキーで失敗に満ちた地雷原に連れていくものですが、そこは困難に満ちた、長い時間を要する場です。第三に、そのために彼らは情熱的でなければなりません。情熱的な人だけが、生きている間には成功しないかもしれない、何の応用の目処もないかもしれない問題に、人生の30年を費やせるのです。そして最後の第四は、彼らは幸運に恵まれるという才能を持っていなければなりません。幸運に恵まれるのは才能ではない、と思われるかもしれませんが、私たちはみな、ある種の人々が他の人々より幸運であることを知っています。レントゲンの例からわかりますように、それは運がいいかどうかではなく、開かれた心(オープンマインド)を持っていて、たまたま出会った「機会」を見出すことのできる力をもっているかどうか、ということです。私たちが行っていることの中、研究室で起きていることの中に存在する「機会」を見出すことができるかどうか。科学者が行える最も重要なことの一つはそこです。

わがワイツマン研究所とは

ワイツマン研究所の文化は、基本的には私が言ったことに基づいています:優れた人にはそれに見合った優れた環境が必要であるという事実は大切です。適切な環境を提供しなければ、優れた人を雇うことはできません。発見は学習と同じで、人間の脳の中で生じる現象です。研究室の中で生ずることではないのです。世界最高の顕微鏡を持っているからといって、最高の発見ができるわけではありません。何かを見ることができるのは、顕微鏡ではなく、脳なのです。最後にあなたがしなければならないことは、科学的発見やブレイクスルーのためのプラットフォームを手に入れることです。ワイツマン研究所はそういったプラットフォームの一つで、数学、物理学、生物学、化学の4つの基礎科学と、コンピュータサイエンスを含む数学があります。これらを組み合わせて、学際的なアプローチが組み込まれています。そして、ハイレベルな教育プログラムの枠組みを作ります。科学的研究の一つのゴールは、未来の科学者を教育することだからです。学生やポスドクすべてを、非常に強力な知的財産権と技術移転の中に埋め込むのです。その結果をお見せしましょう。ワイツマン研究所には今日では250の研究グループがあり、学生を含めて4,000人の人がいて、約4億2,000万ドルの予算で運営されています。だからこそ、ヘルムホルツ協会のちょっとしたパートナーになることができると申したわけです。

知識を応用に変えるのが産業界

皆さんによく聞かれる質問があります。「あなた方が行う研究が好奇心によるものだけなら、産業界の役割は何ですか?」。産業界には非常に重要な役割があります。今日、あるいはこれまでにお話ししたことは、すべてアイデアを創造することについてです。そのアイデアを誰かが受け取って、応用に変えていかなければなりません。それが産業界の役割です。私が思うに、そしてワイツマン研究所が思うに、アカデミアの役割と産業界の役割の間には大きな違いがあります。一言で簡単に言えば、大学はお金を知識に変換するべきです。それで話は終わり。一方、産業界はその知識を製品、市場、そしてもちろんより多くのお金に変えるべきだと考えています。ワイツマン研究所では、私たちは知識を生産し、その知識を産業界に移転しています。私たちが会社を作ることは決してありませんし、ベンチャー企業を作ることもありませんし、産業を作ることもありませんし、どの会社の役員を務めることもありません。私たちは科学者であり、科学者のゴールと仕事は、新しい科学的なアイデアを生み出すことであり、産業界のゴールと仕事は、そのアイデアを拾い上げ、製品に変えることなのです。

この方法は、うまくいっているのでしょうか?昨年、「ネイチャー」誌は30年以上の研究に基づいて、最も革新的な研究機関のインデックスを作成しました。これは過去1985年から2015年までの30年間に、科学技術に変化をもたらし、新しいアイデアに最も多くの洞察を提供した世界の研究機関のランキングです。そのトップ10、実際には世界でトップ15の機関の中で、ワイツマン研究所は6番目にランクされています。私たちがやっていることは、好奇心を原動力とした研究、基礎研究、基礎科学です。私たちはアイデアを提供するだけで、一つの製品も作ることはありません。これが人類の利益のためにどれだけの影響力を持つか、お分かりでしょう。これがまさに科学的研究です。私たちは最高の科学者を雇い、必要なインフラを作り、考える自由を科学者に与えます。それが、この70年間、私たちがやってきたことなのです。

それで本当にうまくいくのでしょうか?人間は数字が好きで 一日の終わりにはこう言いたがります。

「いい話なのですが、(でも)この70年間であなた方はいったい何を成し遂げたのでしょうか?」

ここにグラフがあります。ワイツマン研究所と世界中の企業が結んだライセンス契約に基づく全世界の製品の売上になります。昨年は350億ドルでした。2017年は2016年とほぼ同じです。「戦略がない」にしては悪くないでしょう。好奇心を原動力とした戦略としても悪くない。もちろん、これは研究所が得ているお金ではありません。産業界が得ているお金です。でも私たちは研究を発表したことによって特許使用料をいただいています。それで良いし、上手にやっています。私たちにとって最も重要なのはお金ではありません。企業が得ているお金でもないし、私たちが得ているお金でもない。重要なのは、私たちが、好奇心と基礎研究を通じて、世界に多大なインパクトを与えることに成功している、という事実です。もう一回言わせてもらいますが、私はそれこそが本当に科学の役割だと思っているのです。私たちは知識を提供する方法を知っていますし、産業界はその知識をお金に変える方法を知っているのです。

それでは最後に、私が研究所長を務めてきた12年間、誰もが私に尋ねてきた質問に戻して終わりにしましょう。

「次の科学的革命は何でしょうか?」

私はいつも同じように答えることにしています:私には見当もつきません。ただ知らないのです。私が本当に答えることができる唯一の質問は、「誰が次の科学革命を起こすか」ということです。これへの答えは、何百年も前から証明されていることなので、私はよく知っています。次の科学革命は、科学に対する学際的な視点を持ち、リスクを冒す機会を持ち、仕事をするためのインフラを持ち、考える自由を持った科学者たちによって進められるでしょう。

ご清聴、有難うございました。


翻訳者あとがき

日本版AAAS の研究環境改善WGでは、日本の科学を元気にするために、研究者を取り巻く環境を改善することを目指しており、これから行われる活動の中でZajfman先生のご提案は大いに参考にされるべきだと思われます。このご提案をご覧いただくと、「この戦略は本当に有効なのだろうか」とか、それが仮に有効だとして、「素晴らしい科学者とは何か」、「最高の人的・物的インフラとはどのようなものか」、「産業界との架け橋はどのようにあるべきか」などなどの疑問もいろいろと生じるかと思います。もし、そのような疑問、ご意見・ご感想などがありましたら、ぜひツイッターハッシュタグ #日本版AAAS までお寄せください。WGのメンバーも交えて、日本の研究環境を改善するための戦略について議論を行いましょう。

あと、この翻訳と掲載をサポートしてくださった駐日イスラエル大使館のアリア・ロゼン文化・科学技術担当官からのご案内ですが、「日本-イスラエル・イノベーション・コラボレーション・ウェビナー」が2月15日(月)に開催されます。ロゼン担当官によると、人口も少なく国土も狭いイスラエルは、科学技術の振興、特にその国際連携を国として極めて重要視しているとのことです。そのあたり、日本との共通点も多いでしょうし、私たちが学ぶことのできる点も多々あるのではないでしょうか。無料でどなたでもご参加できるそうです。ご興味がある方ぜひ。