【委員プロファイリング・2】日本版AAASはまちづくりのようなもの〜垣根のない、持続的な科学のための組織を作るために/小野悠氏インタビュー

日本版AAAS設立準備委員会のメンバーが問題意識や活動への思いを紹介するインタビューシリーズ、第2弾は共同委員長で、組織作りにおいて準備委員会の屋台骨を担う、小野悠(おの・はるか)さんをご紹介します。



小野悠(おの・はるか)
日本版AAAS設立準備委員会 委員長
豊橋技術科学大学 建築・都市システム学系 講師

都市工学研究者。学生時代にアフリカ、アジア、南米など約70カ国を旅し、博士課程在学中にはナイロビのスラムで暮らす。アフリカではダカール(セネガル)、キガリ(ルワンダ)、ナイロビ(ケニア)、ルサカ(ザンビア)、南アジアではインド、さらに日本の様々な地方都市を拠点にして、都市の原理を解明する研究と持続的なまちづくりの実践に携わる。その経験を生かし、日本版AAAS設立準備委員会では、人々の特性を生かした組織作りに手腕を振るう。

「小野さん委員長やる?」「うん、やろっか?」

日本版AAAS設立準備委員会に関わるようになったのは2019年の末ごろでした。まだ「委員会」という具体的な形もなくて、有志で設立の可能性を話し合っていたころですね。日本学術会議の若手アカデミーで、初期の頃からすでに活動に携わっていた岩崎渉さんに声をかけてもらったのが関わったきっかけです。「社会との対話」を大切にするという理念を掲げる方向性に魅力を感じて参加してみようと思いました。

委員長になったのはある意味、偶然です。初期に集まったメンバー同士で「どんな構造の組織にするべきか?」についてZoomで何度も打ち合わせしていた頃だと思います。私は出られる会議にはなるべく参加するようにして意見を言っていました。2020年10月のミーティングで「委員会を立ち上げるんだから、そろそろ委員長を決めよう」ということになり、その会議に出ていた私が、「小野さんやる?」と誰かに聞かれて、「うん、やろっか?」という返事をした流れで、委員長に立候補することになりました。その後、意見交換の場として使っているSlackで投票が行われ、正式に委員長ということになりました。

世界中の国と地域で都市工学研究に携わる小野さん

委員長の活動として、これまでに地域でまちづくりに関わってきた都市工学研究者経験を活かして、法人化までのロードマップをつくったり、本格的な活動に向けた組織体制を整備したり、ルールづくりに取り組んだり、と力を入れてきました。

この委員会のメンバーはとても多様です。それぞれの人がいい意味で尖っている分、意見をまとめるのは簡単ではありません。小さなことでも活発に納得するまで話し合って決めています。大変ですが、これまでそうやってひとつずつ問題をクリアし、みんなで丁寧に丁寧に、意思決定を積み上げてこれたという事実は、かけがえのないことだと思っています。

この活動が動き出してすぐに新型コロナウイルスの感染拡大があり、そのためミーティングはずっとオンラインでの開催のみとなっています。大部分のメンバーはお互いに直接会ったことがなく、人間関係というようなものも温まっていないようなところから、委員会づくりは始まりました。手探りでやってきて、徐々にですが、多様性の中に共通の価値観を見出しつつあるという手応えはあります。

都市工学研究の方法論は、準備委員会の運営に通ずる

「委員長やる?」と言われて「やろっか?」とすぐに返事したのには、もう一つ理由がありました。

この会には、経験や人脈が豊かで意欲と行動力をもった人たちが集まっています。その中で「わたしには何ができるんだろう?」と自問したとき、自分の強みは「組織作り」そのものと考えたのです。都市工学の研究者として、これまでアフリカの国々、インド、日本国内の様々な都市の地域づくりプロジェクトに関わり、理想を描きながらゼロから組織を組み立てる仕事をしてきました。その中で、多種多様で様々な利害を持つ人々とまとまって一緒に仕事をする方法を学んできました。

アフリカでのフィールドワークにて、現地の人々との対話

都市工学は自然科学と人文・社会科学の両方の知見をつかって新しい社会システムを構築する学問です。私の研究では、都市化が急速に進むアフリカやインドのインフォーマル市街地という、都市計画の枠外で形成されてしまう市街地を対象に、いかに空間的・社会的・経済的に豊かな環境をそこに形成しうるかということを考えてきました。また、人口減少・高齢化が進む日本の地方都市では、地域の多様なステークホルダーとの連携による地域活性化にも関わっています。市民や行政、企業の方たちと一緒に、地域を元気にする仕組みやプログラムを考える専門家として実践しています。

地域社会の様々なステークホルダーの役割を理解する

地域の多様な主体が連携し、ボトムアップでものごとに取り組むというやり方は、科学を支える人が誰でも参加できる、対話を大切にする日本版AAASの理念と共通する部分がかなりあります。方向性が異なり、相入れないように見えるメンバー間に共通点を見出し、一人一人が持っている強みを適材適所で生かしながら、大きな共通の目標に向かえるような環境づくりに、自分の経験を生かして貢献できたら素晴らしいと思ったのです。

市民と科学者の距離を埋める役割を担う、魅力的な組織の実現へ

日本の科学や科学政策については様々な問題がありますが、共通する原因のひとつに「市民」と「科学者」の距離が離れていることがあると思います。社会と科学は切っても切り離せない関係にありますが、その事実を市民も科学者自身も十分に理解できていない気がしています。科学者だけでなく、産業界や行政関係者、市民と、科学にさまざまなかたちで関わる人たちが当事者として参加できれば、様々な視点・アプローチから社会と科学の関係、科学をめぐる環境をより良くすることができるはずです。

その取っ掛かりとして、まずはこの会を「何か面白そうなことをやっている、魅力的な人たちが集まっているところ」と思ってもらえるような場にしたいと思っています。様々な形で科学の研究に携わっている人々は、日々、自分の生活や仕事だけで一杯いっぱいです。だからこそ、どんなに忙しくても面白いから参加したい、と思ってもらえるような魅力的な組織を目指しています。

誰もが参加し貢献できる「ワーキンググループ」という新しいしかけ

「日本の科学をもっと元気に!」という主張を実現するため、具体的なテーマを持って活動を進めていく場として、委員会の中に「ワーキンググループ」というしかけを作りました。委員それぞれが異なる関心や問題意識、専門性を持っています。そういう一人一人の思いや強みを生かして自然発生的に活動が生まれ、会の運営理念を共有しながらも自律的かつ裁量をもって展開していくような組織を作りたいと思っています。その推進力になるのが、ワーキンググループの活動です。「これをやりたい!」という具体的なアイデアを持った人が、科学の振興に何か少しでも貢献したいという想いをもった人と結びつき、一緒に活動することで、様々なコラボレーションが生まれることを期待しています。

委員長としての活動とは別に、私自身がこの会を通じてやりたいこともたくさんあります。たとえば、私は今、豊橋で地域のまちづくりに関わっています。そこでは、市民、学生、企業で働くサラリーマン、自治体職員、議員など地域を支える様々な人と関わる機会があるので、そうした人たちとも一緒に、科学をテーマに地域の課題解決や将来像を語り合う機会をつくってみたいと思っています。

地域での活動経験を生かし、誰もが参加できるコミュニティ作りを考える

また、「科学者見える化プロジェクト」もやってみたいことです。わたし自身研究者ですが、他の研究者が普段どんなことをしているのか、実はほとんど知りません。研究者というと、一般の人は、研究室にこもって研究をしたり、学生に授業をしたりというくらいのイメージしか持っていないんじゃないでしょうか? 実際には、地域に出ていろいろな活動をしている研究者、映像や書籍の作成に関わっている研究者、政策策定に深く関係している研究者など、多様なことをやっている人たちなのです。そんな科学者が担っている「多様な役割」を見える化して、社会により貢献できるような仕組みを作ってみたいと思います。

日本版AAASがなくてもできることかもしれませんが、ここで同じ想いをもつ人と一緒にアイデアやリソースを出し合えば、そんなことがもっと効果的に行えると期待しています。また、その活動をフィードバックして次の活動につなげ、新たな活動に展開することもできるはずです。

「科学者コミュニティ」ではなく「科学コミュニティ」を作りたい

わたしたちは「科学者コミュニティ」ではなく「科学コミュニティ」を目指しています。科学の当事者は科学者だけではありません。学校で科学を教える先生、科学をつかってサービスや技術開発を行なう企業人、科学的知見をつかって政策決定している行政関係者など、科学がわたしたちの生活のすみずみに浸透している今、誰もが科学に関わる当事者といえます。私たちの共有財産である科学にさまざまな形で関わる人が、それぞれの立場から語り、実践する場が必要です。

誰もが主役になれるまちづくりは、科学コミュニティづくりにも通じる

これもまちづくりと同じです。かつてまちづくりは行政の役割とされ、市民は一方的なサービスの受け手でした。しかし、行政主導の画一的なまちづくりだけでは、複雑化する課題に対応したり、多様化する社会のニーズに応えたりすることはなかなか難しく、従来のやり方は成り立たなくなってきました。そこで、地域の事情や特性に合わせて、地域のことを一番よく知っている住民が主役となり、関係者がそれぞれの知恵や力を持ち寄って「自分たちのまちは自分たちでつくる」を可能にする環境や仕組みを獲得してきた今です。

ですから、本当の意味で「日本の科学をもっと元気に!」を実現するためには、純粋な科学の探求だけでなく、生活としての科学、政策としての科学、文化としての科学など、さまざまな視点から科学の価値やあり方を考えることが必要であり、日本版AAASはそうした対話・実戦の受け皿として新しい科学コミュニティを作ろうとしています。

科学者だけでなく、科学にさまざまな形で関わる人、関わりたいと思っている人に気軽に参加してもらいたいと考えています。「日本の科学をもっと元気に!」を実現するためには、一人ひとりができることから始めることが大切です。私たちは、個性豊かなメンバーとともに未来を向いて活動しています。同じ思いを持つ皆さんの参加を、心から歓迎します。