日本版AAAS 第1回意見交換会開催報告

日本版AAAS設立準備委員の高野です。先日よりSNSやメールを通じてお知らせしていた通り、4月4日(日)に「第1回意見交換会」を開催致しました。一般からは46名の方にご参加頂き、委員41名と合わせて延べ87名で意見を交換するという大きなイベントとなりました。

このイベントでは、日本の科学が抱える問題点、それらの解決を目的として私たち日本版AAASに出来ることはなにかということを、様々な観点から議論しました。これまでは主に日本版AAASの趣旨や目的をお伝えすることに集中してきましたが、この意見交換会を最初の試みとして、これからは日本版AAASの外部からの様々な意見・アイディアもより積極的に集めて議論して行きたいと考えています。そう言う試みを重ねることによって、日本版AAAS をあらゆる人が、その立場に関わらず、科学についてより良く対話・協働して行けるような組織として成長させていきたいと思います。今後も意見交換会を定期的に開催することを予定しています。この記事で、その第1回の開催内容の報告をします。

意見交換会の内容

参加者は14のグループに分かれ、それぞれが関心を抱くトピックについて1時間にわたり議論を行いました。その後、全グループが集合し、それぞれのグループが議論の内容を発表し合うことで、他のトピックにおける問題点や考えうる解決策についての情報を共有しました。 以下では、それぞれのトピックにおける議論をまとめました。興味のあるトピックをクリックしていただけば、展開して詳しい内容が表示されます。どのトピックでも多くの意見があがり、活発な議論がありました。

– トピック1 科学教育①

【指摘された問題点】

  • 教育の現場と研究の現場とで科学教育についての認識のギャップが大きい。
  • 大学と高校までで、重視しているポイントへのフォーカスに差がありすぎる;「知識ベース」では世界的にも高水準である一方で、大学以後で重視すべき「議論ベース」での教育は不足している。
  • 興味を持たせる機会の提供が重要であるが、その場での「知識と議論のバランス」が取れていない。
  • 学校や教員ごとに行われている教育内容が多様なことも考えると、そもそも「科学教育がうまくいっているかどうか」を評価することの難しさがある。

【解決案】

  • 教育現場に携わる人々と研究者が接触しその橋渡しをする機会を設ける。
  • 科学に関する実験や工作の出前授業・教室を開く。
– トピック2 科学教育②

【問題点(具体例)】

  • 内容を押し付けて暗記させるといった教育が多く、好奇心を刺激して自ら理解に向かえる教育が少ない。
  • 社会の中の技術は日々進歩しているが、その基礎にある科学に興味を持つ生徒が減っている。
  • いくつもの子どものコミュニティを見ると、コミュニティ間で科学理解に必要な知識レベルに無視できない差が存在する。

【解決案(具体例)】

  • 例えば、数学で公式を覚えるだけではなく、なぜ重要なのか、どの様に使われているかを教えるという教育に力を入れる。
  • 分からないことにどう対処するのか・どう調べるのか、など、知識を得るためのノウハウまで教える。
  • 様々な背景を持つ生徒に対して、多様な学習範囲に対応した教室を各地で開く。
– トピック3 科学コミュニケーション①

【問題点】

  • 以前に比べれば科学コミュニケーションの活動の機会は増えているものの、まだ十分ではない。
  • 政治や行政と専門家の間のコミュニケーションを円滑にし、それを通じて協業していくという視点がまだ十分ではない。
  • 科学の振興ありきになってしまっている側面がある 。科学技術がどのような方向に進むべきかについて、方向性やビジョンなどを創っていこうという姿勢が欠けているのではないか。

【解決案】

  • 政治・行政担当者と研究者・専門家の間で、一方的な聴講に終わらない対話の機会を設けること。
  • 科学者だけの対話でなく、一般の市民もそういった対話の場に招き参加してもらう。
– トピック4 科学コミュニケーション②

【問題点】

  • そもそも科学コミュニケーションということが何か、何をしているかということをを知らない人も多い。科学とのその周辺に関心を持ってもらうことが難しい。

【解決案】

  • YouTubeやTikTokなどのソーシャルメディアを通じて、なるべく多くの人に周知してもらう。
– トピック5 科学と政治①

【問題点】

  • 政治の場にいる人たちに「科学者としての肩書や経験」があったとしても、必ずしも問題となっている科学に精通しているとは限らない。
  • 政治サイドとアカデミアサイドとの間のパワーバランスが欠如している。政治家に比べて科学者に発言力が不足しているのは問題。

【解決案】

  • Science誌のように科学技術に関連する政策に関する客観的、建設的なコメントを、科学界からオンライン・雑誌などで公表する。
  • 問題が科学技術的な側面を含んでいれば、政治に対して積極的な意見表明を行ったり、話の場を設けたりする。
– トピック6 科学と政治②

【問題点】

  • 国際競争力を失っている科学研究に対して、有効な政策が打たれていない。これまでの科学技術振興政策への反省と方針変更が必要。
  • 政治・行政を担う人々が正しく有効な情報にアクセスすることが不十分なことや、科学者が自身の研究ばかりに関心を向け社会的な視点を十分に持ってこなかったことなどが問題。

【解決案】

  • 幅広い分野の人が気軽に意見交換をできるような場を拡大・充実させることによって、 広い視野から的確な政策を政府に提言をできる科学者の育成あるいは組織構築が必要。
– トピック7 研究環境①(学生・ポスドク・任期付教員)

【問題点】

  • 若手研究者が就くべき安定したポストが圧倒的に不足している。
  • 奨学金負担が増加している。
  • アカハラ・セクハラ行為がアカデミックからなくならない

【解決案】

  • 採用する側、採用される側、分析し制度改善をする行政が把握すべき情報の透明性を重視する。
  • コネや立場に依存しないオープンな採用を行う。
  • 教育教員と研究教員を分けてアカデミックの組織構成を考える。それぞれの役目に応じた分業体制の構築。
– トピック8 研究環境②(任期なしの助教~教授クラス)

【浮かび上がった問題点】

  • かつては職位によって漠然と分業されていた組織管理/教育/研究活動が、現在ではすべての教員が等しくこれらを遂行することが期待されている。
  • 研究教育に対する公的資金の減少による人員不足(支援スタッフの優先的な削減)と相まって、教員は多くの雑務に忙殺され、余裕がなくなっている。
  • 不必要な会議が多すぎると感じる一方で、会議を減らすことによって独裁的決定 (一方的なトップダウン) のリスクが高まる点には留意する必要がある。
  • 意思決定の責任の所在も曖昧な部分がある(トップダウンあるいは事務主導など教員不参加の会議で決定した組織運営が失敗した際に、結果的に教員にも責任が問われてしまうような状態の場合、結局教員が会議に参加して決めざるを得なくなる)。

【今後期待されること/方向性】

  • 組織運営と教育/研究活動の分業体制、あるいはお互いの支援システムの確立、特に教授会の負担軽減。
  • 運営/組織管理に特化した専門のポジションがあっても良い。
  • 現在の教授会などによる合議制を簡単に手放すのは早計。
  • こういった現状を社会に訴える際には、自分たちだけの局所的な「都合」の追求に陥らないことが重要。
  • ネガティブアピールのあまりに研究職が敬遠され、未来の科学人材を失ってしまうような風潮を導いてはいけない。
– トピック9 多様なキャリアパス

【問題点】

  • 役所では博士号取得者を使いこなす体制になっていない。また、大学においては教員や研究者の研究活動をURAなどが支える体制が研究の活性化に貢献することが期待されており、さらに、URAというキャリアパスの確立という意味でも重要であるが、まだまだ整備されていない状況である。
  • 研究者を希望する学部生や院生、特に博士課程在籍者にとっては、現在の若手研究者、つまり彼らの先輩のキャリアパスは、助手・助教やポスドク、さらには講師や准教授も含んで任期付きのポジションが増加しており、自分の将来を考えるとアカデミックキャリアに進むことについて悲観的・消極的になってしまうことが多く見られる。

【解決案】

  • 様々なアカデミックキャリアでの成功事例やロードマップを示すものとして、研究者向けの「13歳のハローワーク」のようなものがあると、アカデミックキャリアを希望する院生・学部生にとってよいのではないか。
– トピック10 科学とビジネス

【問題点】

  • 博士取得者や教員がビジネスに向ける意識が低い。
  • 構造的に資本が回りにくいテーマや産業がある。
  • 日本では、ボストンやシリコンバレーのようにうまく機能している産業クラスターが少ない。

【解決案】

  • 科学を利益に繋げるにはどのようすればいいのかを考えていく必要がある。
  • 科学技術研究をうまくマネタイズしているアメリカの大学の事例の紹介を積極的にする。
– トピック11 アカデミアのダイバーシティ

【問題点】

  • アカデミアがもっとダイバーシティを持つべきだということへの意識が海外諸国と比べ低い。
  • アカデミアに女性が少ないという問題;女性研究者のロールモデルの不在、研究・労働環境の問題、社会的な圧力などに起因している。

【解決案(主に女性研究者が少ないことについて)】

  • 研究の現場に女性が進出できるよう、社会的なサポートを得られるようにする。
  • 意思決定層に女性が必要である。
  • 女性研究者を支援する制度にとどまらず、全般的な社会意識の改革が必要である。
– トピック12 研究公正

【問題点】

  • 教員は、研究の方法論や人材育成、研究室運営に関する基礎的な教育を受けないまま、それらの知識が不十分なまま研究室を運営している。
  • 自由闊達な意見交換を阻む組織風土がアカデミアにある。
  • 研究者による質的な相互評価が軽視され、量的な数値評価に偏重している。
  • 政府が主導してきた大きなプロジェクトの長期的成否に関しての検証が行われていない。
  • 研究分野の多様性の軽視。基盤的研究費の不足。
– トピック13 疑似科学との付き合い方

【問題点】

  • 「疑似科学」という概念の出現は「科学への信頼」への現れとして捉えることもできる。ただし、一部の疑似科学が発する誤った情報は危険である(サプリ、水素水、等)。
  • 一方で、完全には否定できない疑似科学もあり、問題は単純ではない。

【解決案】

  • ツイッターなどで疑似科学を信じている人を見つけたとしても、馬鹿にするのではなく対話に誘導する。
  • 学校教育での合理的な科学的知識の理解を促進する。
  • 科学的な考え方とはどういうものなのか、という理解を促進する。
– トピック14 日本版AAASの運営

【要点】

  • 多くの委員、参加する人、ステークホルダー、そうした人とのお金・価値のエクスチェンジをどうするか考えておくことが大切。組織として独立性があった方がよい。
  • NPOでなくてはいけないのか。NPOは後からの変更が難しいので、最初のフレームワークを作るのに注意がいる。協力関係の任意団体があってもいいのではないか。
  • 事業の中身を詰めるべき。確実にできることから、スモールスタートで。「収入源はジャーナル」というのことには懐疑的。日本の学術研究の現状についての情報が収入源になるのではないか。
  • 民間財団に参加してもらい、それを上手く活用できればよいのではないか。国内企業だけでなく、外資も視野に。

参加者へのアンケート結果

ご参加頂いた一般の方々のうち、30名からアンケートにご回答頂くことが出来ました。主要な項目について記述します。

  • 【ご参加された目的を教えてください。】に対しお答え頂いた27名のうち、15名が日本版AAASの活動内容への関心を持ち、また多くの方々が研究環境をはじめとする問題意識や意見交換への意欲から参加されていたことがわかりました。
  • 今回のイベントに参加した全体的なご感想】には24名にご回答頂き、丁度その半数である12名からポジティブな感想を頂きました。一方で、ネガティブなご意見が7件ほどあり、主に「議論が掘り下げられていない」という趣旨のものが見られました。
  • 【本イベントの満足度】もご回答頂きました。1(不満だらけだ)から5(非常に満足した)のスケールで満足度を評価し、平均値は3.23 となりました(下図1)。
図1. 第1回意見交換会参加者の満足度分布
  • 【該当の満足度を選択した理由】として最も多く挙げられたのは「意見交換会の運営」についてでした。満足度に寄らず理由として挙げられており、満足度の高い層(評価が4,5の方々)からは「幅広く現状を知ることが出来た」「活発に議論を行えた」などの意見が上がる一方、そうでない方々(1,2,3)からは、また先述の【全体的な感想】と一貫して「議論を掘り下げられなかった」「時間が足りない」などの意見が見受けられました。
  • 【次回開催時の参加意思】については、21名(70%)が「はい」を選択されました。そのうち最も多い意見が「話し足りなかったから」(8名)で、他にも日本版AAASの趣旨や、意見交換会のような取り組みへの賛同が多く見受けられました。逆に「わからない」を選択された方の内2名から、イベント運営方法の改善を求める声を頂きました。

ご回答頂いたアンケートに、意見交換の場に対する多くの改善点を見つけることが出来ました。日本の科学についての意見交換の場を求める方が多い一方で、この度わたしたちが開催した意見交換会は、特に議論の深度や運営方法について、その機能を果たすにはもうひとつ熟していなかったようです。現状に満足せず、皆様のご意見を真摯に受け止め改善することで、次回以降の開催に活かしていきます。

Conclusion

多くの参加者から多様なご意見を頂き、対話の中でも多くの気づきやアイディアが生まれました。第1回意見交換会はわたしたちにとって非常に有意義なイベントでした。また、各グループの議論内容は、委員長および6つのWGそれぞれに所属する委員数名がすべてに目を通し、6WGの今後の活動および日本版AAASのビジョン・組織体制・運営資金・持続性に関して、参考になる意見を多数抽出し、192名の全委員と共有いたしました。また、一部の参加者には個別に連絡させていただき、継続して意見交換しております。頂いた意見を参考に、日本版AAASの法人設立とその後の運営、各WGの活動を進めていきます。

その一方で、参加者の皆様が心ゆくまで議論を深めるだけの時間を用意出来なかったこと、議論するトピックが広すぎたことなど、いくつかの改善点も見つかりました。今回が初の意見交換会でしたが、今後も定期的に開催することを予定しているため、よりよい意見交換の場となるよう改善していきます。こういったイベントを通じ、わたしたちの科学振興活動について知り、ご賛同・ご参加いただければ幸いです。